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2004.09.06

浅間山の想い出

  突然のように「浅間山」が噴火のニュースが耳に入り、驚いた。一ヶ月前に軽井沢を訪れたときは、そのような気配は微塵も感じられなかった。

  前にも書いたように、子供の頃から軽井沢周辺には随分縁があった。カブスカウトからボーイスカウト、そしてリーダーとして後輩たちの引率しながら、軽井沢には毎年通ったし、浅間山の西側に位置する高峰高原へも、夏のキャンプやら冬のスキーやらでよく行った。小諸でキャンプをしたこともあった。従って、いつも浅間山を近くに感じていたのだ。

  カブスカウトの中軽井沢キャンプ中、お決まりのハイキングコースは「小浅間山」だった。そこは、中軽井沢駅から北へバスで鬼押し出し方面へ向かう途中の「峰の茶屋」まで行き、そこから小一時間登ったところにある、浅間山が間近に迫る、眺めの良いところだった。近いから故に、最近ではたぶん立ち入り禁止地域になっていると思う。ましてや今回の噴火ではなおさらだ。この小さな山の一帯には「あさまぶどう」(たぶん俗称だと思う)と呼ばれる実のなる背の低い植物が自生していて、紫色のその実をつぶしてジュースにしたりしたものだった。そして、小学生の集団は、そこからしばらく山道を下り、当時西武デパートの軽井沢店や、スケートセンターなどがあったところまで一生懸命歩き、そこから再びバスに乗り、中軽井沢へ帰ったのだ。

  さらに、中学生の年齢であるボーイスカウトでは、浅間山の登頂にも成功した。そのときは高峰がベースキャンプだった。当時、食料は食パンと水だけだったと思うがリュックに入れて、必死に登った記憶がある。そこは火山だから当たり前なのだが、荒涼としていた。今では笑える話だが、下から眺めるといかにも山頂に見えるところが、実は前掛山という外輪山だったので、その上にさらなる山頂が見えたとき、私は大きく絶望したものだ。そこからまた思い直し、やっとのことでたどり着いた山頂近くの斜面で、(平らなところはなかった)味気ない食パンと水を口にしながら、それなりの達成感を感じたと思う。私が登った、一番高い山であり、今では登ることも許されない、貴重な想い出だ。

  蛇足になるが、今回ニュースでも一部誤報があったように、火山灰が降った北軽井沢地区を長野県と思っている人が多い。当然ながら群馬県だ。しかも、北軽井沢という地名はなく、長野原町である。何故「北軽井沢」と呼ぶかというと、昭和37年に廃止された草軽鉄道の駅名に由来するのだ。それを「軽井沢」というブランドとして不動産開発に利用され、現在に至るというわけだ。キャベツの産地「嬬恋村」はその西に隣接する。


草軽鉄道の路線図


  それにしても、良いときに軽井沢へ行けた。噴火がひと月早かったら、つかの間の避暑もできなかったかも知れない。来年の夏も、浅間の神様のご機嫌が良いことを願う。

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