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2005.06.12

10年前の父との再会

  10年前の6月はじめ、かつて都立高校の教師だった父は、還暦を迎えた教え子たちと共に、マレーシアのペナン島へ観光旅行に行った。 何故ペナン島かというと、同行した教え子たちの同級生が、当時ペナン島で要職に就いていたからである。 その様子を記録したビデオテープを、教え子のひとりとして参加していた叔母(母の妹だが、このへんのややこしい話は割愛する)のつてで、借りることが出来た。

  このビデオの存在は、当時から知っていたが、見ることはなかった。 教え子たちに囲まれて、子供のようにVサインをしてはしゃぐ父が映っている。 ただ、Tシャツから出た首の根本に、絆創膏が悲しい。 それは、ぶつぶつとした出来物に貼られたものだった。 しかしその出来物は、あとで判るのだが、腺癌が身体の外に噴き出した噴火口だったのだ。 何かにかぶれたのか、ぐらいに思い、旅行から帰ったら病院で診てもらうつもりでいたらしい。

  テレビ画面で楽しそうな表情を見せる父が、この時どんなことを考えていたのか、病気にはなにか感じるものがあったのか。 ただただ、成長した教え子たちを誇らしく思い、一緒に楽しい時間を過ごしていたのか。 今となっては確かめる術もないが、前述の叔母の話では、とにかく終始楽しそうだったという。

  私はこのビデオを今までどうしても見る気にならなかった。 しかし、今年10周年の記念式をするにあたり、このビデオの存在を思い出し、この機会を逃したら、ずっと見ることはないかも知れないと、叔母に頼んだのだった。

  もう気持ちも大丈夫だし、とテープを手にしたものの、やはりなかなかビデオデッキに入れにくかった。 借りてから半月もたって、今日ようやく父との再会を果たしたのだ。 10年前の家庭用ビデオなので、画像も音声も、鮮明とは言えないものだったが、たまたまビデオに残されていたことにありがたいと思った。

  父はこの旅行から帰国後、病院で検査を受けてすぐに入院し、7月早々には家族が病院に呼ばれて説明を受け、8月4日には逝ってしまった。 これはその、わずか二ヶ月前の映像なのだ。

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コメント

あれから10年過ぎたのですね。はやいですね。

あの頃はまだuncle bearさんの心情が本当にはわからなかったけど今は気持ちわかるような気がします。

いただいたMD、また聴いてみようかな。

投稿: とろ | 2005.06.13 01:37

おそらく人は逝く前に、大切な人に「伝えたい」と思うのではないだろうか。 私の父は目を落とす三日前に家族に数時間、言葉とは言えない最期の力のうなり声と泣声で語った。家族は交代に手をとって「わかった...から」「心配いらないから」「ありがとう」などと思い思いの言葉で受け止めるだけだった。一周忌を済ませた頃、私は堰を切ったように「本当は何を言いたかったのだ」と押し殺していた深い悲しみが溢れて止まらなかった。「逝ってしまった父へ」思いのたけを一気に手紙にしたためましたが。 いずれにしても届かぬ思いではあります。 ..そして人は、永遠に心の中で会話するのではないだろうか。

投稿: 香祥 | 2005.06.14 04:45

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