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2005.09.30

阪神優勝

  今年の阪神は強かった。 ファンにしても比較的安心して見ていられただろう。 そういう私は四半世紀、ヤクルト・ファンだ。 とにかく、引退後に若くして亡くなった「大杉勝男」選手のファンだった。 なんとも泥臭い、燻し銀のような選手だった。 ヤクルトに入る前は東映→日ハムにいたが、その頃パ・リーグの試合をテレビ中継することは少なく、全く知らなかった。 広岡監督のもと、優勝したとき、日本シリーズの対阪急戦で大杉の一発がホームランかファウルかでもめ、長時間試合が中断したのも懐かしい。

  話を戻して、セリーグの優勝が決まった一方、パリーグはこれから上位三チームのプレイオフだ。 昨年ペナント・レースで2位だった西武が、優勝してしまったのは愉快だったが、今年もそのチャンスはある。 それも20ゲーム以上差のある三位の位置でなのだ。 阪神VS西武のカードは実現するか、少し楽しみである。

  阪神の優勝を憎からず思うのは、四半世紀以上前は阪神ファンだったから。 江夏・田淵の時代で、私は藤田平のファンだった。 大学浪人中だったか、阪神があと一試合勝てば巨人を抑えて優勝、というところで負け、応援し疲れてしまったものだ。

  とにもかくにも、今日決まってくれて良かった。 明日はヤクルト戦なのだから。

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2005.09.26

ギャラリー更新

  五月の連休以来のギャラリー更新である。今回の追加は15枚。 せっかくの飛び石連休も荒天で、却ってそれが幸いした。 ところが写真専用の古いマックがへそを曲げ、思いのほか手こずってしまった。デジカメから取り込んだ写真が保存されているMOのドライブを、突然認識しなくなってしまったのだ。 バックアップ用の外付けHDはエラーが出て交換を余儀なくされ(これは先週)たが、その影響もあるようだ。 久しぶりに旧マックOS(9.2.2)と真剣に向き合ってしまった。 結局、MOは新しいOSのマックに繋ぎ、家庭内LANでデータをやりとりすることでなんとかなった。

  写真のほとんどは先日の信州行きの際の風景だ。 季節は既に秋になりつつあり、夏の花、秋の花が混在している。 風景もしかり、見る方向によって、夏と秋のイメージに分かれた。 「美ヶ原高原」の二枚の掲載ページが異なるのは、その結果だ。

 マツムシソウが夏の花か秋の花かは、微妙なのかも知れないが、昨年の池ノ平にも咲いていたので、並べておいた。 軽井沢へ戻って追分で一泊したが、訪問先のお宅に通じる細い道にある民家の庭に、コスモスが群生していた。帰り際になって、ようやく雨が上がり、(その後、また降られるのだが)久しぶりのコスモスの写真となった。 こちらは当然「秋の花」だ。

  思いがけず撮れたのが、ステンドグラスの三枚。 二枚は「美ヶ原高原美術館」のビーナスの城の中で撮った。 様々なビーナス像が主役の筈だが、光量不足で写真にはならず、カメラは回りの窓に向いた。 そして、タイルに映ったその窓の光の色が、とてもきれいだった。

  音羽ノ森はホテルのチャペルで、本来は撮影禁止のところ、聖公会つながりのご縁で特別に撮らせていただいた貴重な一枚。 この教会、れっきとした聖公会のものであり、結婚式をここで挙げる場合、しっかりと勉強してもらうそうだ。 軽井沢でおしゃれなウェディングという、うわべだけのものと誤解されがちだが、決してそうではない。 ショー記念礼拝堂の管理牧師がチャプレン(司祭)を兼任している。

  「軽井沢(2)」の苔むす切り株は、正確にはショー記念礼拝堂に隣接するお宅の敷地。 (1)もそうだったが、湿気の多い旧軽井沢周辺の独特な風景だ。

  オジギソウの花は、今年ずいぶん咲いた。 ポーチュラカと共に、既に「写真日記」に登場しているベランダの花だが、写真はその時とは違うもの。 そろそろ、また新しい苗を仕入れてこようと思っている。

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2005.09.25

音楽ひとりごと(23)ブレッド&バター

ブレッド&バター(アルファ・レコード三部作)

  ずっと待っていた、アルファ時代のアルバムがCDで再発売された。 「Late Late Summer」「Monday Morning」「Pacific」の三枚である。 今も湘南ボーイとして活動を続けるブレバタのスタイルを確立させた、代表作だ。 それ以前のブレバタは、フィリップス時代からポリドール(タイガースを解散した岸部シローと組んだ「シロー、ブレッド&バター」)時代を挟んで、コロンビアのブローアップ・レーベルの時代まで、ちょっとお洒落だけど地味なフォーク・デュオ、という存在だった。 正直言って、歌唱力も特別あるわけではなく、ハイトーンの兄弟デュオとしての個性に、根強いファンがついていた、という印象がある。

  そして、村井邦彦氏率いる「アルファ・ミュージック」が、原盤制作会社から独立したレコード・レーベルに進展したとき、ユーミンやティンパン・アレー・ファミリーとの交流を生かしながら、有賀恒夫プロデューサーのもと、この三枚のアルバムが作られた。

  最初の曲「あの頃のまま」はユーミンが呉田軽穂名義で書いた名曲で、ブレバタの存在そのものを具現化した象徴的な一曲である。 いつまでも若い頃のスタイルを貫く自分と、社会の中で常識的に大人になっていく友人との心の葛藤が、映像を伴うようなはっきりとしたイメージで歌になっている。

  サウンドとしても有賀プロデューサーの力だろうか、この時期、かなりクォリティが上がった気がする。 ちょうど録音機材がデジタル化する過渡期にあったことも、影響しているようだ。

  私はブレバタに関してこれ以上語れるようなフリークではないのだが、この三枚はかなり印象に残っていて、当時間もなくCD化されたときには手に入れていなかったため、最近度々CDで聴きたくなることがあった。 特にベスト・アルバムに選曲されていなかった、三部作としては最後の曲「一枚の絵」が好きで、レコード音源からパソコンに取り込んでお茶を濁していたが、今回ようやく手に入れることができた。 巨匠・山上路夫の詩とヒットメーカー滝沢洋一の曲に、スケールの大きな井上鑑のアレンジが素晴らしい。 「あの頃のまま」以上にお薦めの一曲である。

  時を同じくして、ブローアップ・レーベル時代のアルバムも限定盤で発売されているようで、聴いてみたい気がする。(レコードでもまだ聴いたことがないアルバムがある)

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2005.09.06

軽井沢こぼれ話

  今年もなんとか軽井沢に行けた。 今回の一番の目的は、信濃追分に滞在する老婦人を訪問することだった。 昨年お世話になった北軽井沢の恩師は、既に東京へ戻られていた。 もう九月だから当然だ。

  本当の避暑というのはひと月もふた月も滞在するものだ。 この婦人はそれを毎年ここでなさっている。 もう八十歳を過ぎているが、車のハンドルを未だに握り、日曜礼拝や近所への買い物へ出かける、お元気な方だ。(東京からの往復は、別荘の管理人に運転を頼んでいると聞いた) 母とは教会が違うが、婦人会つながりでおつき合いがはじまったらしい。 もうご高齢なので、その口調は弱々しく、耳をそばだてないと聞き取りにくいほどなのだが、その話の内容は耳を疑うほど面白い。

  何年か前の話だそうだが・・・その日東京の自宅に手を入れるため、大工さんが数人来ていた。休憩時に盆にのせたお茶を、済んだら車のトランクの上に置いておいてね、と言って出したという。 ところが、婦人はそれをすっかり忘れて近所に買い物に行くため、そのまま車を走らせてしまった。 そして、信号待ちしていたとき、バイクに乗った青年が、運転席の窓をコンコンと叩き、何かと思ったら、「あの〜・・・。湯飲み茶碗を運んでるんですか?」と言う。 はっと気付くとなんと、田園調布の自宅から二子玉川近くまで、落とすこともなく、盆ごと走っていたのだという。

  婦人の車は国産のセダンだ。どんな車でもトランクの上は真っ平らではない。 お年だから急発進、急ブレーキはしないとしても、坂を上り下りしたり、角やカーブを曲がったり、よくも落とさずに走れたものだ。 そして、その光景を見た回りの人は、いったいどう思っただろう。 どんな趣向なのか、はたまたドッキリ・カメラ? そんなことを考えれば考えるほど、笑いがこみ上げてくる。

  長い人生を過ごされて来たから、歴史上の話題も飛び出す。 少女時代の226事件のときの話はここにはとても書けない話だ。 そしてあたりまえのように高貴な血筋の方たちまで登場する。 そんないろいろなエピソードを、にこにこと楽しそうに続ける婦人なのだ。

  来年も是非いらっしゃいと何度も念を押され、帰路に着いた。 婦人も母も元気だが高齢だ。 どうかまた、楽しい時間が持てるように、それぞれ健康で来年の夏を迎えられるように願わずにいられない。 自分の健康ももちろんだが。

昨年の軽井沢

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