« 2005年10月 | トップページ | 2005年12月 »

2005.11.20

映画ひとりごと(4)フィールド・オブ・ドリームス

フィールド・オブ・ドリームス[映画]

  1989年、アメリカ・ユニバーサル配給、ケビン・コスナー主演の映画である。 野球が前面に出されているようであるが、根底にあるテーマは「夢」そして「父子」。

  私はこの映画が封切られた当時、パソコン通信の仲間と見に行った。 この映画が選ばれた理由は思い出せない。 そして、私は上映開始まもなく、もう泣いていた。 理由のよく分からない涙だった。 メンバーの中で私は最年長だったと思うが、上映終了で灯りがついたとき、まぶたが腫れて恥ずかしいほどだった。
  今は亡き父も、その頃はまだピンピンしていたし、いわゆるお涙頂戴的なストーリーでもない。 ところが不思議な情緒・感情がわき上がるような映画だった。

  敢えてストーリーはここで書かない。 今回やっとレンタルのDVD に出会って見直したが、気持ちは一緒だった。 これはレンタルでは勿体なかったと感じた。 別トラックで制作エピソードが本編と同じくらいの時間で詳しく見られるのもありがたかった。 何度も繰り返し見て、スルメのように味が出る映画でもあると思う。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2005.11.13

音楽ひとりごと(24)山本潤子コンサート

山本潤子コンサート

  今年の夏、伊東ゆかりのライブで味を占めた私は、もうひとり、山本潤子の生のステージを見たい、と先週の日曜日、横浜・桜木町の「はまぎんホール」へ出かけた。 指定席のチケットはインターネットで申し込み、既にコンビニで受け取っていた。便利な世の中になったものだ。

  実は伊東ゆかりが初体験だったのに対し、山本潤子のステージは二度、経験している。一度は赤い鳥の解散後「ハイ・ファイ・セット」の結成間もない頃、なんとデパートのイベントでの無料ライブ。 二度目はやはり「ハイ・ファイ・セット」のれっきとしたコンサート。 時期的には、このグループがジャズ寄りにかなり傾いていた頃だ。

  この山本潤子という人は、上がり症なのか、テレビ出演でもステージでも、すぐに顔がこわばり、歌も聴いている私がドキドキするようなスリリングな状態に陥りやすかった。 しかし、さすがに円熟味を増し、今回は全く不安感のない、安定したステージだった。

  オープニングはテンポのある「ジンクスなんて」で順調な滑り出し。 そして何より今回は望んでも無理だろうな、という意外な曲が数曲あって、私を感激させた。

  まずは「冷たい雨」。 ユーミンがバンバンの「いちご白書をもう一度」のB面として提供し、その後ハイ・ファイ・セットがA面として取り上げ、山本の言葉を借りれば「ポテン・ヒット」となり、さらにその後ユーミン自らもアルバムの中でカバーした名曲である。 しかし、「卒業写真」や「翼を下さい」「フィーリング」などに隠れて、なかなかメディアで取り上げられることは少ない。

  そして「卒業」。 これは赤い鳥の最後のアルバム「書簡集」に入っていた曲。
  「コンサート・レーン」はハイ・ファイ・セットが一時活動を休止すると発表した頃のアルバム「クォーター・レスト」から。(このあとアメリカに渡り、しばらくしてジャズ路線で活動再開することになる)
  どちらの曲も、普段あまり聴かれない曲であり、予告無しに耳に入って来たため涙腺を刺激したのだ。

  当然のごとく歌われた曲・・・「卒業写真」「中央フリーウェイ」「スカイレストラン」「海を見ていた午後」「赤い花白い花」「竹田の子守唄」などなど。

  もう一曲、特筆すべきは「歌を捧げて」。 この曲はオフコースと赤い鳥のジョイントで小田和正が作った曲で、昨年のテレビ番組「月曜組曲・風のようにうたが流れていた」の中でも小田とデュエットした曲だ。

  アンコールの最後の曲は客席と一体となった「翼を下さい」。 彼女の歌声の素晴らしさは今まで何度もここで書いた。 今回のコンサートでもバックの「テルテル・ボーイズ」との息も合い、心を満たされる、休憩無しの一時間半だった。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

« 2005年10月 | トップページ | 2005年12月 »