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2006.02.09

音楽ひとりごと(28) 雪村いづみ+江利チエミ

雪村いづみ[歌手]
江利チエミ[歌手]

 尾崎紀世彦と雪村との共演をNHK-BS2 で見て、今回はこの大歌手二人について書こうと思う。

 かの、元祖三人娘の二人である。 もうひとりの美空ひばりについて改めて書くことは何もない。

 私はこの三人娘の世代ではない。 しかし1970年代前半に、この二人のシングルレコードを続けて買っている。 70年に初めて開催されたヤマハの世界歌謡祭(この年だけは東京国際歌謡音楽祭と言った)で歌唱グランプリ受賞曲となったのが、雪村の「涙」である。 中村八大によるスケールの大きな曲だ。

 次の年、私は中学三年で、富士山の麓で行われたボーイスカウトの世界ジャンボリーに参加していたとき、旧式のテントの中のラジオから流れてきたのが江利チエミの「旅立つ朝」であった。 アメリカ録音の粋なサウンドがすぐに気に入った。

 そして、翌年の72年、高校生になった私を感動させたのが第一回東京音楽祭(TBS主催)でポピュラー大賞を穫った雪村いづみの「私は泣かない」である。 千家和也とすぎやまこういちによる、メロディもアレンジも最高の曲だ。 雪村の悲鳴にも似た細い声がクライマックスで深みのある声に変わる瞬間、私の背中に電流が流れたようだった。 B面の「最後の晩餐」も凝ったアレンジの名曲なのだが、残念ながらCD化されていない。

 さらに翌73年、テレビドラマ「黄色いトマト」に主演し、加藤剛と淡いラブシーンを演じたのが江利チエミで、主題歌「愛はひそかに」は江利には珍しく、ゆったりとしたバラードだった。

 そして高校三年となった74年、雪村いづみはアルファの原盤でマッシュルーム・レーベルから、アルバム「スーパー・ジェネレーション」をリリースした。 これは、モダンな服部良一メロディーを子息の服部克久と、当時知る人ぞ知るスーパーユニット「キャラメル・ママ」のバックアップで、全く新しい世界を創り出した画期的なアルバムだった。 しかし私は当時、LPは買えなかったがシングルカットされたのが「東京ブギウギ」で、そのB面が唯一の新曲「昔のあなた」だった。 山上路夫と服部克久のコンビで、なんとも美しいバラードだった。 アルバムはその後、1989年にCD化されたとき、やっと手に入れることができた。

 これらの年代は、まさに前回の男性三人による「ビッグ・スリー」の時代と重なるのだ。 忘れてならない伊東ゆかりもまた、69年の「青空のゆくえ」から72年の「陽はまた昇る」など、コンテストなどで活躍していた頃である。 つまり、ベテランに差し掛かった実力のある歌手が、活躍できた良い時代だったと言えるのではないだろうか。

 ちなみに、先日のBS放送で、雪村は「私は泣かない」を歌ってくれた。

訂正:雪村のアルバム「スーパー・ジェネレーション」は、コロンビア・レーベルからのリリースだったようです。
 また、同時期に残されお蔵入りしていたいくつかの録音が、1990年の一連のマッシュルームレーベルのアルバム(ガロ、小坂忠など)がCDで復刻された際、一枚のアルバム「カモン・バック」として初めて日の目を見ました。 こちらは間違いなく、マッシュルームレーベルとなっています。

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