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2006.06.20

ある出会いと別れ

 折しも私の子供時代を振り返る機会が多かったこの時期、ひとつの訃報が届いた。

 小学校三年生だった私は、ボーイスカウトに入りたい一心で、たったひとり当時の練馬聖公会(現在の練馬聖ガブリエル教会)の戸を叩いたのだが、そのとき優しく応対して下さった牧師が、大野俊朗司祭その人である。 そして私の親と話をしようと、私の案内で我が家にわざわざ来て下さったのだ。

 実はその後間もなく司祭は転任されてしまったので、そのときの関わりは、ごく短い期間のことだったのだが、私の家族がみなキリスト教徒となる最初のきっかけになった方として、その存在を忘れてはならないのだ。

 昨年、ボーイスカウトの我が団が40周年を迎えたとき、先生は記念行事に来て下さった。 残念ながら、私のことは覚えていて下さらなかったが、当時の話をすることができた。

 しかし今回の受洗の報告をする間もなく、先生は逝ってしまわれた。 仕事を終えて駆けつけた通夜では、もう礼拝は終わっていたものの、ご子息が親切にいきさつを話して下さった。 医者に宣告されたのが、私の受洗の前日だったと言う。 聞けば、当時私も子供だったので記憶にはなかったのだが、そのご子息も練馬時代に生まれたのだそうだ。

 人と人とのこのような出会いや別れに、不思議を感じないではいられない。

 大野俊朗司祭のご冥福を心よりお祈りします。

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2006.06.11

新しい一歩

 予定通り、今日洗礼を受けた。 教会と関わるようになって41年。 長いこと周りの方たちを待たせての受洗である。 だからと言って、何が変わるわけでもないのだが、記念の日には違いない。 たくさんの方たちに見守られ、祝福され、緊張の時間だったが、亡き父の気配を背中に感じながら、なんとか無事に式は終わった。

 金曜日の夜は約一年ぶりの伊東ゆかり・ソロ・ライブに夜遅くまで浮かれた。 しかし、次の日の土曜日には仕事を早めに切り上げて教会で行われた講話・静想・晩祷そして懇親会に駆けつけた。 これは今回の志願者とその名親(洗礼名の名付け親)の方々のみで行われた。 興奮と緊張と緩和の繰り返しのようで、疲れたのかこのところただ眠い。

 そして雨の日曜日の朝を迎えたが、「心洗われる」雨と解釈することにして身支度を済ませ、久しぶりのスーツで臨んだ。

 私の名親を務めて下さったのは、子どもの頃からお世話になっていた方である。本当はご夫妻共にお願いしたかったのだが、夫人は数年前に神に召されてしまった。 そのことをスピーチで話したら、とても喜んで下さったが、私も感極まってしまった。

 私の名前は・・・Augustine Uncle Bear となった・・・?

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2006.06.04

受洗準備

  土曜日の夜、隔週で受けていた司祭の個人授業が終わった。 と言ってもたったの三回きり。 つまりは、やっとスタートラインについた、ということだ。 いよいよ来週の日曜日、洗礼と堅信を受ける。 今日(4日・日曜日)は月命日なので、まだ受洗の決心を伝えていない、父の墓参りに行こうと思う。

洗礼名は「アウグスティヌス(オーガスティン)」。 偉人の名前ではあるが、8月生まれなので、私のドメインでも馴染みのある "August" にちなんでいただくことにした。

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