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2008.09.11

2008年夏休み顛末記(2)

第1日目(8月13日)
 午前中旅支度。 11時自宅出発。 天気はまずまずだが、予報は決して良くなかった。 母を実家で乗せて環七を南下し、方南通りの夢庵で昼食。 関越よりも中央道のほうが渋滞が軽そうだったので永福町から首都高に乗るルートを選んだ。 恐る恐る入口の電光掲示板を見ると何も表示がない。 半信半疑で入ると掲示板の故障でもなく、実際嘘のように快調に走ることができた。 何度かトイレ休憩を取りながら須玉インターで一般道へ。 ここから清里を通る佐久甲州街道を北上すれば最短距離だが、観光地の渋滞を避けて増富ラジウムラインへ。 ここで増富温泉の看板に母が反応した。 母の結婚直前の話だから55年も前の話だが、母の兄(故人)が何かの事故で骨折して、リハビリに来ていたところを、母親と見舞いに来たことがあるというのだ。 こんな山奥まで、どうやって辿り着いたのか、記憶はないと言う。 年老いた母の、思わぬ若き日のエピソードだ。
 塩川ダムで休憩を取り、清里を避けたかたちで佐久甲州街道へ戻り、ここでホテルに電話を入れた。 夕食のリミットは七時半。 ナビの到着予測はギリギリの時刻を表示していた。 「間に合わないなら夕食は済ませてきてくれ」という冷たい対応に驚きながら、とにかく急いで向かうことにした。 佐久で雷雨が始まった。 これから峠越えだ。 時間と天候が少し私を焦らせた。
 結局トラブルはなく、快調な走行にナビも次第に到着時刻を繰り上げて行った。 それでもホテルは記憶よりずっと遠く、小雨と霧の中、七時をほんの少し過ぎた頃に無事到着し、荷物も運ばずに食堂へ直行した。
 料金の安いバイキング料理を選んでいたのだが、その貧弱なメニューにがっかり。 「ホテルの夕食」ということで期待が大きかったせいもあるかも知れない。 客層を見ても老若男女、完璧なファミリー対象であり、合宿所の食堂のようなものだった。 しかし食べてみるとこれが意外においしい。 素材は新鮮だし、見た目は悪いが手を抜いた料理ではなかった。 メニューにうるさい母も、今回はこれで充分と納得してくれたので、私も胸を撫でおろした。(母がこだわるのは贅沢ではなく、少食ゆえに油分過多や野菜不足を嫌うためである、念のため)

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